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3回目の靖国神社永代神楽祭に参列しました。

9月18日は私の大伯父の命日で、2年前から私が永代神楽祭に参列をしています。祖父が11年前に亡くなり祖母も体力的に難しくなってしまったため、誰も参列しない状態が続いていました。偶然2年前に永代神楽祭の出欠確認ハガキを祖母の家で見つけて私が参列するようになり、今年で3回目になりました。


初めて参列した時は右も左も分からず、衝撃を受けたことだけは覚えています。同じ命日の方の名前が一人一人呼ばれていくのを聞いていると、自然と心が締め付けられる思いでした。
3回目ともなると、2回目との違いなどを感じる余裕もあり、以前はなかった礼拝のタイミングがあったりと、伝統的な儀式の中でも日々変化をしている事を学びました。
政治家の靖国神社参拝の是非など世間では色々と話題の出る靖国神社ですが、私は一人の遺族として出来る限り大叔父に会いに行きたいと思います。

メイン機をNikon D850にしました!

2017年9月8日に発売されたNikonのD850!9月10日に入手しました!実際には、予約していた分が9月8日には届いていたそうですが、取りに行けずに10日の受け取りになりました。今回はニコン100周年記念のカメラという事で、Nikon側の気合いを感じる1台です!
私はずっとNikonのD3桁台を利用していて、D100→D300→D300s→D810ときて、今回が5代目(台目)です。今回からD3桁としては初めて、D5と同じで内臓フラッシュが消えています。その分、シュッとした顔立ちになっています!
ちなみにフィルムカメラはF4です。F4はF3とF5という巨匠に挟まれて、少し影が薄いですが、個人的には最も手をかければ良い写真の撮れるカメラだと思っています。


今回は、D850とマルチパワーバッテリーパック MB-D18もゲット!メイン機の変更には必須アイテムですね!


D850の本体と付属品は、マニュアル、バッテリー、チャージャー、ストラップ、アイピース、USBケーブル、ボディキャップです。標準的な内容ですね。


万能レンズのAF-S NIKKOR 24-120mm f/4G ED VRを付けてみました。有効画素数が4575万画素あるので、DXで1946万画素になり、クロップするとD500がそのまま中に入っている事と変わらなくなります。24-120を付けていても、24-180のD500になるのは凄いですね!


そして、次はバッテリーグリップです。本体と単3形ホルダーが入っています。単3形ホルダーを使う事で、単3形電池×8本でも利用する事が出来ます。


見た目がかっこよくなるだけではもちろんなく、縦位置での撮影に力を発揮してくれます!
また、Li-ionリチャージャブルバッテリーEN-EL18a/EN-EL18bを使用する事で、D850の連続撮影速度が最大約9コマ/秒まで向上します。


しかし、気軽に持ち歩くのが好きな私は明らかに不釣合いですが、AI AF Nikkor 24mm f/2.8Dを付けるのが好きです。


D810は下取りに出したので、お別れをしてきました。一緒に多くの旅をしてきました。海外にも行きましたし、たまに頂く撮影の仕事も一緒に熟してきました。
まだまだ力を残していると思います。次の持ち主の下でも頑張って下さい!


最後にセルフィーツーショット!D810、今までありがとう!!

チャリツモ記事掲載

先日、チャリツモに記事が掲載されました。

チャリツモは、一般社団法人チャリティジャパンが運営しているウェブマガジンで、「他人事から自分事へ」をテーマにボランティアライターさんによって作られています。
今回のライターは、ご自身も難聴の子どもを持つShuhizzleさん。”サラリーマンと自営業、アメリカと日本、難聴と健聴といった境目をまたぐことについて感じたことを情報発信”しているそうです。


今回のタイトルは、『「対等って何だろう?」聴者と聴覚障害者が対等な社会を創造する、シュアール大木洵人さんインタビュー』。3ページに渡る大作です。普段はカットされるエピソードも、ほぼそのまま載っています。結構、過激です、苦笑。
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*一部、私が意図した表現と少しずれる部分もありますが、その部分は筆者を尊重して変更せず残しております。

日本人初のLaureate Global Fellowに選出して頂きました!

Laureate Global Fellowとは、Laureate International Universitiesがサポートするthe International Youth Foundation(IYF)が行っているYouthActionNetのプログラムメンバーの事です。世界中の18歳から29歳までの社会起業家を支援するプログラムで、16年の歴史があり、1,500名以上のソーシャルアントレプレナーが90ヵ国から選出されてきました。そして、今回、91ヵ国目となる日本人初のフェローに選出して頂きました。
選出発表記事(英語)

大木プロフィール

10月に2017年度フェローとして選出された19名のメンバーと一緒にスペインで行われる1週間のリーダーシップキャンプに参加してきます。南アフリカ、ポーランド、アルゼンチン、コスタリカ、インド、ペルーなど様々な国から色々なテーマで活動する社会起業家が集まります。
そして、今回は珍しく同じ聴覚障がい者向けのサービスを展開しているインドネシアの女性社会起業家、Dissa Ahdanisa氏が一緒に選出されています。Fingertalk Enterpriseという彼女の活動は、若手ろう者の雇用を生み出すプロジェクトの様です。今から、一緒にコラボをするのが楽しみで仕方ありません。

ロレックス賞受賞者仲間であり、アショカ・フェロー仲間でもある友人、Kerstin Forsbergに紹介してもらいました。プログラムの存在を知ったのが締切3日前だったのでギリギリでしたが、シュアールの支援者の方々に推薦人になって頂けたことで無事に申請ができ、今回の選出へと繋がりました。こういった国際ネットワークに関わり続けられる事は凄く嬉しいです。
(2017年ロレックスイベント@上海。写真右がKerstin)

これまでシュアールを応援して頂いた多くの皆様の支え、私の留守中もシュアールを前進させてくれるスタッフの頑張り、私のリーダーシップ研修参加へ理解を頂いただけでなく推薦人にもなってくれた株主の皆様の広い心がなければ、実現できませんでした。本当にありがとうございました。
世界中の若手社会起業家と作る新しいネットワークを駆使して、手話界の改革を更に加速させます!そして日本人初の参加者として、研修の学びを日本へと還元できるように頑張ります!!

ちなみに、応募時の年齢なので既に30歳ですが嘘は付いてません!苦笑。しかし、これが本当に20代最後の賞になるのは確実です。今年の誕生日にも書きましたが、何もないところから20歳で手話を始め、20代後半ではアドバイザー等をさせて頂く機会を多く頂きました。30代に入り、これからは先輩たちを追う側に再び回りましたので、諸先輩たちの背中を必死に追いたいと思います!今後とも、御支援、御鞭撻の程を宜しくお願い致します。

無事に30歳を迎えました!皆様の支えに感謝!!

本日、30歳の誕生日を無事に迎える事が出来ました。これまで大木洵人を公私共に支えて頂いた皆様、誠にありがとうございました。

この10年間、本当に激動でした。大学入学直後の6月に20歳になり、同じ年の8月に手話を始めたので、私の20代は手話と出会い、手話と共に歩んできたと言っても過言ではありません。

(20歳、紅白歌合戦)

20歳の8月に手話を独学で始め、10月に手話サークル『I’m 手話』を立ち上げ、12月に紅白歌合戦にて手話コーラスをさせて頂きました。そして、翌年の5月にシュアールの活動の基となるボランティア団体『手話ネット』を立ち上げました。

(21歳、起業前のスタンフォード大学への短期留学)

21歳の11月に手話ネットを発展させる形でシュアールを創業。本格的に手話ビジネスの世界に入っていきました。
その後は、22歳で学生国際ビジネスコンテストGlobal TiCに日本代表として出場させて頂き、24歳でAshoka Fellowになりました。

(22歳、Global TiC表彰式)

25歳ではダボス会議Global Shapers、Forbes 30Under30 Worldに選出頂き、更に手話通訳士試験に合格し、私自身も手話のプロになりました。

(24歳、Ashoka Fellow選出発表)

その後も神奈川県や群馬県の審議委員やGSC福岡ハブの立ち上げなど、手話以外の場面でも多くの事を経験させて頂きました。アカデミアの分野でも、慶應義塾大学環境情報学部卒業、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所修了、東京大学大学院情報学環教育部修了、そして慶應義塾大学SFC研究所研究員も務めさせて頂きました。

(27歳、ダボス会議GSC東京ハブ1期生卒業式。メンバー全員で”I love you”のアメリカ手話)

そして、20代最後の年、29歳にてRolex賞を受賞させて頂きました。今回もヤング部門として日本人初の受賞で、アショカ・フェロー、フォーブス30アンダー30に続く、日本人初の受賞でした。手話という限られた領域ではありますが、日本人でも世界から注目を集められる事を証明した受賞で、この10年の集大成だったと思います。本当に嬉しい瞬間でした。

(29歳、Rolex Award授賞式)

こうして20代を振り返ると前半は色々な方に期待を頂き、貴重な機会を多く頂きました。それを後半で少しずつ実力を付けて、形にしていった10年間でした。本当に多くの方々の御推薦や御協力で、貴重な機会を頂きました。学生しか参加できないイベントに推薦してもらったり、20代でしかもらえない賞も多く頂きました。逆に、私以外の全員が私の倍以上の年齢のコミュニティに所属させてもらう貴重な経験も多くありました。

(28歳、ダボス会議にて尊敬する起業家、BizReach南さんと。南さんとは実は同じ誕生日)

ここに書いた内容以外でも、一つ一つの活動や賞、カンファレンスなど、お世話になった先生や支援団体の方々、一緒に活動してくれた仲間たち、アドバイスをくれた先輩起業家や色々な気付きをくれた起業家仲間たち、そして、ずっと応援してくれている家族の顔がたくさん浮かんできます。感謝をしてもしきれませんが、御礼を言わせて頂きます。本当にありがとうございました。

(28歳、スポールブールトルコ国際大会表彰式)

その間にもプライベートでは24歳でマラソンを始め、4ヵ月で10キロ減量し、初のフルマラソンを完走、20代では9回のフルマラソン(1回のウルトラマラソン含む)を完走しました。そして、スポールブールを27歳で始め、トルコ国際大会に1度は日本代表として、もう1度は招待選手として出場、合計、金メダル1つ、銅メダル2つ(ラッファ含む)を獲得しました。

引っ越しも2回しました。住んでいた湘南台、川崎には多くの思い出があります。10代では1年のアメリカ生活こそありましたが、海外旅行は4回ほどしか行ったことがありませんでした。20代では35か国以上に100回近く、出張や旅行で訪れたと思います。その都度、色々と学ばせて頂いています。

(29歳、スタッフ合宿にてメンバーと)

この10年間、苦楽を共にしてきてくれた仲間たちには、本当に心から感謝しています。既に次のステップを見つけて旅立った人もいますし、喧嘩別れをしてしまったメンバーもいますが、一人ひとりが本当に大切なメンバーでした。彼らがいたからこそ、ここまで続けて来れました。ありがとうございました。

狙っているわけではないのですが、誕生日近辺に大きな発表をさせて頂く事が多く、2012年には大型提携の発表を、2013年にはJR東日本様への導入に関する発表を、一昨日はソフトフロントジャパンとの協業を発表させて頂きました。来年の今頃には、更に大きな発表ができるように頑張りたいと思います。

これまで20代の私に時間や労力、アドバイスや資金を投資して頂いた皆様に、30代では少しでも恩返しが出来るように、与えられた使命を全うしたいと思います。
今後とも皆さんの御支援、御協力をどうぞ宜しくお願い致します。


2017年6月15日 大木洵人 アテネにて
(パルテノン神殿では伝統衣装での撮影は禁止されていますが、特別に許可を頂き撮影しました)